つ麦

 二十七年ぶりだろうか。別所インターから、高速道路をまたがって、この病院のエントランスをくぐるのは。神奈川県立こども医療センター。いくつかの転院を経て、ここに還ってきた。大昔には、母に連れられて。今は、としる(妻)と、おなかの我が子とともに。



 ここは、自分にとっての第二の人生がはじまった場所だった。中学生当時、若年性糖尿病(IDDM)という難病指定の診断名を受けて、いつまで健康体で生きられるかは、すべてきみの心がけ次第と覚悟を求められた。きみ次第で。ただちに命を失う病ではないけれど。きみ次第で、光を奪われたり、歩けなくなる。きみ次第で、不幸せにもなれば、幸せにもなれる。未来をつくるのは、すべて君次第、との洗礼を受けた。

 そしてとにかくも、まずは、一日足りとも欠かさずインスリンを注射し続ける人生がはじまった。同時に、健康であることが当たり前ではない、同世代、あるいは自分よりさらに若年の入院生活を見て、子どもながらに、小さな小さな開眼を施された場所だった。
 そして、看護婦さん(当時呼称)たちの優しかったこと。

 今、(元)看護士の妻とともに、この病院を再訪して、県下はもとより、関東一円でも有数の新生児に対する医療サポート体制に触れて、あらためて全幅の信頼を寄せている。

 胎児に異常が見つかって、他院の遺伝子診療科カウンセリングでは、相談者が厳しい決断を下しても、できるだけ罪の意識に苛まれないように優しい口調で語りかけてくれた。染色体異常だとか、21トリソミーだとか、確率論とか、難しい話はぼくらには概念ほどの意味しかない。
 分かっていることは、ぼくらの、ちいさなちいさな命が鼓動し、妻のおなかのなかに居る、ということと。
 諸々の話を聞いても、気持ちに一ミリの迷いもない伴侶の隣で自分が、安心して、しあわせの所在を噛みしめているということ。

 人一倍、食べるものに気を遣って、人一倍、いろんな子どもたちと触れ合ってきた人である。
 選ばれたんだ、としたら、宇宙のどこかで、ぼくらを選んでくれたのだとしたら。

 こんなに嬉しいことはない。

 今日、検査入院の結果や、3Dエコー写真等で、かなり明るい兆しが見えてきている。
 この子は、きっと、たくましい子になる。なにかユニークな因子は持ち合わすかもしれない。それは、ぼくらの子だから、当たり前のことと思う。見えるものであれ、見えないものであれ、誰しもそうなのだから。


 あそこで知り合った仲間たちは、元気にしてるかなあ。

 なあ。周作くん。

 元気にしてくれよ。13歳。

 毎日、病院の体育館でリフティングしてたっけなあ。

 ヘッタくそだったなあ。

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 糸、つむぐ手をとめ
 季節を つむぎあわせ
 聴こえてくる
 きみの歌

 ヴェランダの隅のひだまりに
 風ぬらすシャツの間に
 胸のひまわりの花模様に
 響き渡る

 同じ歌が、ほら
 きみが目覚める前の
 青い空にも

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 名前は、「つ麦」という。
 
「三浦 つ麦(みうら つむぎ)」

 たくましい名前だ。

 麦のように、たくましく。なんだかハダシで走り出しそうだ





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