愛と平和の芸術

 


 2026年、ある真冬の日。
 あの日が分岐点だったかもしれない、という雪の投票日に。
『愛と平和の芸術祭 in よこすかフェスタ』という催しが横須賀で立ち上がりました。

 この先の未来に、なにが起こったとしても、何度でも思い返す、フラグをたてておきたい。これからの自分に、恥ずかしくないフラグの、ひとつくらいは。





 それは例えば、佐原さんが詩を詠みあげた空間に、ハープとフィドルが奏でられ、舞い人が踊り始めたとき。

 舞い人は、視線の及ばない壁の向こう、花絵の間あたりから、静かに踊りはじめています。人知れずに。
 しかしそのことを、全盲の佐原さんだけは、かすかな振動と空気の流れでわかっています。

※佐原さんを中心に、絵画と演奏者が周りを彩る光景は、それ自体が絵画のように感動的なインパクトを残します。佐原さんが「たたずむ」とき、不思議なほど、「たたずまう」力を感じます。

「見えるものは見えないものにさわっている。聞こえるものは聞こえないものにさわっている。それならば、考えられるものは考えられないものにさわっているはずだ。」~ノヴァーリス『断章』~




 
このような絵画的エピソードが、このイベントにはいくつもありました。

 わたしのギターの師匠と、劇団Y劇場の朗読のステージは、『愛と平和の芸術祭』のハイライトとして企画側でありながら、来場者の誰よりも、全身でその静謐かつ重厚なアートを鑑賞させていただいておりました。



(文化会館を借り切ってのイベント事務局としての今日までの疲労感は、ああ、これのためにあったんだな、と。)


 あらためてイベントに関わっていただいたすべての皆さま、そしてなによりご来場者の皆さまに心より御礼申し上げます。じわるじわると市民生活のなかに、新しい文化活動が息づき、菌糸を帯びた草の根の広がりととともに、緑の大地が豊かになっていくことを想像してやみません。


「見えるものと、見えないけれどたしかにあるもの」
by kanae yamazaki

今回の香苗さんの出展作品。
すべての思いを代弁してくれた作品名を見たとき、
シンパシーの偶然性に腰が抜けました。




 

 それはもうすでに「廊下の奥に立つてゐる」のかもれしませんが。

 2026年、真冬の日、何度でも思い返す、フラグをたてておきます。
 これからの自分に、そして未来の誰かに、恥ずかしくないフラグの、ひとつくらいは。









コメント